渡辺洋香のサービス精神

渡辺洋香さんは最高位戦日本プロ麻雀協会に所属しているプロ雀士である。プロになって20年ということで、昨年は所属団体から表彰を受けていた。かつては倉田真由美さんの漫画『だめんず・うぉ〜か〜』にヨーコ会長の名前で登場していたので、麻雀を打たない人でもご存じの方は多いだろう。その証拠に、全く麻雀に興味がない家人もヨーコ会長のことは知っていた。

ヨーコ会長は日本プロ麻雀協会の杉村えみさんと共同でフェアリーという雀荘を新宿で経営している。小生はノーレートの雀荘にしか行かないと家人と約束しているので残念ながら行ったことはないが、行ったひとみんなが絶賛している。

そんなヨーコ会長がノーレートのお店に来る! というので、小生はまだ小川町にあった頃のオクタゴンに行ったことがある。同卓かなって起家に座ると、ヨーコ会長が下家に座った。あとのお二人は年配の男性で、ヨーコ会長とは何度か打ったことがある方のようだった。

東発、ヨーコ会長が2600を出上がる。年配の男性が5000点棒と100点棒をヨーコ会長に差し出すと、ヨーコ会長は
「最初は1000点棒で払った方がいいわよ」
と、出す点棒の変更を指示した。細かいことだけれど、これは同じことをトッププロの方が言っているのを聞いたことがある。きっとフェアリーでも同じことを言っているのだろう。フェアリーが絶賛される理由がちょっと分かったような気がした。

打ちながら何となくヨーコ会長の顔をちらちら見る。うーん、ほんとに綺麗な方だ。単に見た目が美しいというだけなら他にもたくさんいるけれど、オーラが違う。会話の端々に見える、気遣いとサービス精神はなかなか真似できない。

感心しているうちにオーラスに突入した。小生はほぼ原点のままの2着。ヨーコ会長が他のお二人から点棒をかき集めて結構抜けたトップである。配牌もよくないし、親は中張牌から適当に切っている。ノーテンっぽいな、このまま2着でいいやと思って切った四枚目の發に、上家の親から「ロン」の声。
「げっ、国士じゃん」とヨーコ会長。

一九字牌は全く余っていなかったとはいえ、すでに十巡目。上がりに向かっていないなら当然ケアすべきところで、間抜けな放銃だ。

小生のせいでヨーコ会長はトップを取り損ねてしまった。悪いことしちゃったなと思っていたら、意外なことばが飛び込んできた。
「役満放銃は厄払いだから!」
え? と小生が驚いていると、役満放銃すればもう悪いことなんて起きないから、とさらに慰めてくれた。トップを間抜けな同卓者のおかげでフイにして、冗談交じりに「何打ってんのよ」くらい言ったっていいところだ。実際、そういうことを言うゲストプロを何度も見ているし、相手次第ではそういうことを言ったっていいと思う。しかし、ヨーコ会長のことばはなんと優しいことか。小生はいっぺんにヨーコ会長のファンになってしまった。

いったん卓を外れたヨーコ会長に、ツイッターをいつも見てます、と挨拶する。
「都知事選、投票する人決めた?」(そういう時期の話なのだ)
はい。多分ヨーコ会長と同じひとです。
「そう? 嬉しい! 私はそんなに政治に興味があるわけじゃないんだけれど、今の状況は本当に危険だと思うの。麻雀の世界にはあまりこういうことに興味がない人が多いみたいだけどね…」

ヨーコ会長のツイートは政治や社会に関するものも多い。客商売をしている人はこの種のツイートを避ける方が多いが、ヨーコ会長はかなりはっきりとご自分の考えを表明している。ツイッターを通じてご自分の政治や社会に関する見方をはっきり表明しているのは、小生が知る限りヨーコ会長と麻将連合の高見沢さんだけだ。ヨーコ会長の見方が常に正しいかどうかは分からない(そもそも、常に正しい人間などいるだろうか)。しかし、気遣いの人ヨーコ会長は同時に勇気の人でもある。気遣いと勇気の底に、深い愛がある。

おっと、そういえばヨーコ会長にお願いがあるのだった。
あのう、この本にサインを…
「あーっ、懐かしい! 古本で見つけたの? いいのいいの。これ、もう本屋さんで売ってないのよね。日付入れましょうか?」
かくして、小生はヨーコ会長がかつて出されたヘアヌード写真集『服を着させて下さい。』(アスペクト)にサインをいただいた。
ぼく、この表4の写真が好きなんです。浴衣着てる…
「ああ、これね。この時私マジ泣きしてたの」
え、なんでですか。
「恥ずかしくて…おかしいわよね。うふふ」
いたずらっぽく笑うヨーコ会長の横顔は、少女そのものだった。

ばかになるには遅すぎる

小生が時々打っているまーちゃお下北沢には、時折麻将連合の下出和洋さんがいる。下出さんは最高位戦クラシックを制覇したこともある実力者で、天鳳でもよく打っている。天鳳では鳳凰卓から落ちたり復帰したりを繰り返しているようで結構苦戦しておられるようだが、下出さんが苦戦するって鳳凰卓の人たちはどれだけ強いのだろう。小生に無縁な世界であることだけは間違いない。

下出さんはたまにブログを書いている。リンクはこちら。現在は「しもで先生ができるまで」と題して、私の履歴書のようなことを書いている。今でこそ飄々とした雰囲気を漂わせる下出さんだが、麻雀に取り憑かれて結構色々ある人生を歩んでこられたことがうかがえる。一度は麻雀から離れた方と天鳳で再会することもあるそうで、そんな再会はさぞ味わい深いものがあろう。

さて、そんな下出さんと同卓して、四方山話をしていた時のことである。天鳳で以前の仲間と再会されたりするんですってね、と聞いたら、こんなことを言ってくれた。

結局ねぇ、みんな麻雀が好きなんですよ。仕事が忙しくなって離れたりした人でも、若い頃にバカになって麻雀打ったことある人は強いですよ。麻雀に帰ってくるんですよ。

下出さんのことばを聞いて、小生は思った。
ああ、小生はバカになるには遅すぎる。
もちろん、小生はプロを目指しているわけではない。点数申告を間違えず、テンポよく打てる、そういうレベルに何とか達したいと思いながら麻雀を打ち、何年経っても到達できない。それでそこそこ楽しいからいいけれど、そんな小生がいくら打ってみたところでバカになって打ったことあるひとには勝てないよなあ。

でもまあ、それでいいか。